日刊工業新聞 記事掲載 
[タイトーケンサーモ][金属熱処理 通貨危機乗り越え成長]

 「『意地でもタイからは撤退したくない』と思った」。東研サーモテック(大阪市東住吉区、06・6714・2425)の川嵜修社長は、97年夏にタイの通貨危機に見舞われた当時の心境を話す。

 東研サーモテックは顧客の日系自動車部品メーカーがタイでクラッチ生産の現地化を拡大するのに応じ、95年にタイに合弁子会社の金属熱処理工場「タイトーケンサーモ」を開設した。96年にはマレーシアにも子会社で合弁の熱処理工場を設けた。 

 受注は97年まで順調に増えたが、同年7月のバーツ暴落でタイの売り上げが半減。増設の第2期工事が完成した矢先の出来事だった。「設備は増えたが、仕事は減る一方」(川嵜社長)の危機的な状況に陥った。

 しかし、タイの潜在的な成長力は依然として高いと読み、踏みとどまることを決断。国内の熱処理事業が好調だったため、タイ工場を支える体力もあった。タイの通貨危機が波及したマレーシアからも「一時は撤退を考えた」(同)ものの、思いとどまった。

 この試練が、両工場の基盤固めにつながる。同じくタイに進出していた日系の熱処理会社は、タイから撤退。日系の総合熱処理工場としては、タイトーケンサーモだけが残った。このため、タイ経済が回復するとタイトーケンサーモに日系メーカーの発注が集中した。

 03年からは日系メーカーから、ディーゼルエンジン部品の熱処理を大量受注に成功。顧客は約100社に達し、05年12月期の売上高は30億円と前期比で倍増した。マレーシア工場も05年12月期は売上高4億3000万円と、同36%増加。累積損失もタイ工場が04年に解消、マレーシア工場は07年に解消できる見込みで、財務も健全化しつつある。

 川嵜社長は「これまでタイ工場には50億円、マレーシア工場には10億円を投じた。オーナー企業なので、タイに残るという難しい決断をトップが下せる環境にも恵まれた」と振り返る。

 06年秋からはディーゼルエンジン部品の熱処理受注がさらに拡大する。そこで、タイ工場はその時期に第2工場も増設する。投資額は8億円。タイ工場は06年12月期に40億円、07年12月期に50億円と大幅増を見込んでいる。「すでに現地で運転資金も調達できるようになった。これからはようやく投資を回収できるようになる」(同)。熱処理という専門技術を強みに自動車市場のさらなる増大が見込まれるタイで足場を固める方針だ。

(日刊工業新聞 平成18年2月28日付け掲載記事より抜粋)